高野寛による“MIYAZAWA-SICK中南米ツアー日記”

高野寛による“MIYAZAWA-SICK'05”ツアー日記 Pt.2

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■ 宮沢和史 中南米ツアーBLOG ■



20051004(Tue)


OFF。快晴。
tatsuは地下鉄でどっかへ。みんなは買い物に。スザーノはリオに一度戻った。僕はフェルナンドの曲にギターをダビングしようと思ったけど、エフェクターが手元にないので、結局雑談と深い話。あとはギターの調整をしたり、フツーに練習したり、曲をつくろうとしてみたり。

夜みんなでリベルダージ(東洋人街)のラーメン屋でRAMENとGYOZAを食べながら『ハルとナツ』談義。「ドラマに出てくるブラジル人は日本人に対して差別的で、今のブラジルの雰囲気からは考えられない」とか「橋田壽賀子は一度もブラジルに来てないのに原作を書いたらしい。どうなんだろう?」とか、そんな話。

そういえば一昨日のリハについてフェルナンドの見解。「田舎町に突然今まで聞いたこともないようなすごいバンドの音が流れてきて、何が起こっているのかわからないような状態だったんじゃないかな。都会だったら、警察呼ばれてるよ」とのこと。
それでも、俺たちはのべ7時間はものすごいテンションの高さで本気の演奏をしてたのだ。音楽好きな国民なのは間違いない。

あと、ラーメン屋の後、ホテルのバーでカイピリーニャを飲んでるときtatsuが「4Bで矢野顕子さんの『電話線』をカヴァーしよう」と思いつき、大いに盛り上がる。サンパウロの夜は皆よくしゃべる。





20051003(Mon)


日本人チームは今、NHKドラマ「ハルとナツ」にハマっている。NHKの海外放送で、リアルタイムに観れるのだ。日本の夜9時になると時計を気にし始め、そそくさとその場を立ち去って部屋に戻る。
日本とサンパウロを舞台にした日系移民のドラマを、たまたま訪れたブラジルで観ている僕ら。しかもドラマ初日が日系人の多い街、ロンドリーナでのツアー初日、ドラマの最終回はサンパウロの本番の日で、翌日僕らはサンパウロを後にする。出来すぎだ。

ロンドリーナはおだやかな街だった。開放感があった。
お世話になった日系の皆さんに、ロンドリーナ名物のパイをお土産にもらう。うなぎパイを思い出す。サヨナラ、オブリガード、手を振ってくれた。


途中寄ったドライブインの何てことないサラダや肉や米や豆がおいしい。ブラジルの食べ物はイキイキしている。だからブラジルの人は元気なのか。


ふたたび7時間以上のバスの旅。往路では真っ暗で何も見えなかった道沿いの景色は、赤い大地と緑の植物、畑、牧場…がひたすら繰り返す。たまにロンドリーナと同じようなビルの集まる街がぽつんと遠くに見える。サンパウロの北の方にはこうした農業によって発展した地方都市が、巨大な農園とともにクモの巣のように点在しているとの事。
ゆっくり見送る間もなく、熟したオレンジに似た夕陽が大地の向こうに落ちると、ふたたび窓の外は黒く塗られた。かの地を切り開いた先人たちに敬意を表して。開拓の時代から遠く離れて。我々も、音を出しながら国を超えて心をつなぐ開拓者でありたいと、心に刻む。





20051002(Sun)


ゆうべ0時過ぎから1時間おきくらいに5時までホテルの近くで爆発音。テロか?と焦って外を見ると、巨大なロケット花火や爆竹のようだった。酔っぱらい?子供?ブラジル人はやっぱり大きな音に寛容なんだなーと納得して寝たのだが…さにあらん。
ホテルに泊まっている他の街のサッカーチームをスイミン不足にさせようとする地元チームのファンの仕業らしい。スザーノいわく、こういうことはブラジルのチームが他のラテン諸国に遠征したときもよくあるらしい。恐るべしラテンアメリカ。

今日はとてもいい天気で汗ばむ程。公園で源ちゃんに借りているリリー・フランキーの「東京タワー」を読む。隣の教会あたりから学生っぽいバンドが爆音で練習しているのがきこえる。やっぱりブラジル人はデカい音を気にしないらしい。

ロンドリーナ、ツアー初日。会場は日本の地方都市のホールの雰囲気。今回、ブラジルの2公演は地元のエンジニア・ジョアンに音を作ってもらう。昨日のこぢんまりしたスタジオに較べて、音が散ってしまう印象。全員今ひとつの感を残しつつ、リハは終わってしまった。でもメンバー全員まったく動じてはいない。冗談を飛ばして、いつもと同じように集中してゆく。

歓声に迎えられてライブが始まった。予想通り、日系の人を中心に老若男女が集まっている。音はリハのときとうって変わって、ぐっとしまっている。演奏はツアー初日としてはベストコンディションですすむ。オーディエンスはなかなか立ち上がろうとはしない。でも充分楽しんでくれているのが伝わってくる。MIYAはポルトガル語のMCでコミュニケートする。少しシャイな反応に、日系の血を感じた。バンドはある冷静さを保ちながらもヒートアップしてゆく。冷静なまま、どれだけプレイを高められるか、それが今回のテーマだと思ってる。アンコール、2度目の「島唄」で会場は総立ちになった。いいライブだった。スザーノも「ギターソロよかったよ」と言ってくれた。

打ち上げは、ブラジルに来てから3度目のシュラスコ。こうなると食べ放題の店で節制した食事ができるようになってくる(笑)。地元の酒、カシャーサ(さとうきびの蒸留酒。35度〜45度)を結構のむ。帰り道、源ちゃんとクラウディアと「津軽海峡・冬景色」を歌う。ロンドリーナは春の夜風。





20051001(Sat)


午前0時。今度はシャワーも浴びず、そのまま荷物を積んで大型バスでツアー最初の街、ロンドリーナへ移動。日本人移民の多く住む街。
バスはあっという間にサンパウロを抜け、街灯もほとんどない暗闇の道をひたすら走る。シートがかなり倒れるので眠れそうなのだが、目を閉じると、道の舗装がよくないらしく、結構揺れる。飛行機がちょっと気流の悪いところを通過する時に似てる。乗り物であまり眠れないタチなので、起きてるか寝てるのかわからない感じがつづく。みんなはグーグー寝てる。途中2回の休憩をはさんで、午前8時ロンドリーナ着。すっかり夜も明けて。ツアーは肉体労働なのだ。

昼まで仮眠して、リハーサルへ。
春めいた日差し。沖縄のような。
リハーサルは住宅街の普通の民家を改造した小さなスタジオで…やる予定が楽器が入らず、他の普通の部屋にムリヤリセッティング。防音なし。窓も開いたまま。
リハはいつもよりやや小さめの音、ではあるが、日本なら速攻警察をよばれるであろう状態。しかし音を聞きつけた隣の人が窓からずっとのぞいて、ノッて聴いたりしている。バンドは恐ろしく強靱なグルーヴを生み出している。演奏は盛り上がる一方、音は遠くのスーパーまで響いたらしく、一時隣の部屋がどこからともなく集まった近所の人たちでごった返していた。拍手はないけれど、みんな集中して聴いてる。公開リハ状態。7時間近くみっちりやって、手応え十分。このバンドのポテンシャルがラテンの地に来て一気に爆発してる。終わってみんなぐったり。最後まで苦情はこなかった。ブラジル人は音楽が好きなんだってことが、よくわかった。すごい国だ。





20050930(Fri)


サンパウロにてリハーサル。ブラジルのスタジオは、明るくて開放的で、音が乾いてよく響く。1〜2曲演るだけで、半年前の感じが戻ってくる。それぞれの活動で得たものを持ち寄って、会う度にステップアップしてゆく。今までになかったグルーヴが波のように訪れる。全員が手応えを感じる。

リハが終わって、皆でルッコラとヤシの芽のサラダをつっつきながら、サッカー観てワーワー騒いでる時、ブラジルはいいなぁと思った。





20050929(Thu)


1年ぶりのブラジルは、涼しかった。まぶしい日差しと、絵みたいな雲と青空。長いフライトだったけど、東京の秋と地続きの風が吹くようだった。ブラジルも、異常気象でいつになく気温が低いらしい。

アルゼンチンに里帰りしていたクラウディア、リオ在住のスザーノとフェルナンド、そして日本から来た僕たち、サンパウロでやっと全員揃う。MIYAは到着早々、記者会見へ。

二度目のブラジルだからか、旅をしすぎたからなのか、海外旅行のあの感じが薄くて、何だかいたって平常心、もったいない気もするが、仕事の旅だからそのくらい冷静なほうがいいのだろうと思う。ことにする。

みんなで夕食(シュラスコ、食べすぎ注意)。どこからともなく阪神優勝の知らせが地球の裏まで届く。食後、スザーノの部屋で盛り上がる。初日から打ち上げみたいになっている。レイコちゃんが自宅で録ったバイオリンをiBOOKでフェルナンドに聴かせる。冬のツアー以来、みんながフェルナンドとファイルのやりとりで共作している。僕も聴かせてもらう。いい。このバンドには他では中々味わえない面白いメンバーが集まっている。しばしコンピュータ談義。ルイス、MIYA、tatsu、レイコ、僕、フェルナンド、みんな違う音楽ソフトを使っているらしく、他の人のソフトは外国語同然でよくわからない。ルイスは日本語MACOSXなのに普通に使いこなしている。

スザーノと、少し政治の話。が、うまく話せず。ニュースについて語れるボキャブラリーが足りない。tatsuが日本の自民圧勝のニュースを説明する。ブラジルの政情もよくないらしい(詳しいことはわからず)。異常気象も政治も経済も、どっかの国だけのことじゃない。
明日に備えて歯磨きしながらTVつけたらNHKの海外放送で「ピタゴラスイッチ」やってた。チャンネルを変えると、アーナルド、アンチューンズのライブ。そんなサンパウロの夜。



nicky! + deca